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東京高等裁判所 昭和46年(う)530号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小林健治、同妹尾修一朗が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し、記録を精査し、かつ、当審における事実の取調の結果をも参酌して、次のとおり判断する。

控訴趣意第二点について。所論は、原判決は一所為数法の関係にある本件業務上過失傷害、無免許運転、酒酔い運転の行為につき、これらをいずれも併合罪の関係にあるとして加重処断したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるというのである。

そこで、まず、無免許ないし酒酔い運転と業務上過失傷害との罪数関係について考えてみるのに、本件の業務上過失傷害が被告人の無免許かつ酒酔い運転中にその運転行為に伴つて発生したものであることは原判示のとおりであるけれども、そのことから直ちに過失行為と無免許運転行為および酒酔い運転行為とが刑法五四条一項前段にいう「一個ノ行為」であるということはできない。けだし、右にいう「一個ノ行為ニシテ数個ノ罪名ニ触レ」るとは、当該具体的状況のもとにおいてある罪にあたる行為をすれば必然的にその行為が他の罪をも成立させる場合を指すと解すべきところ、自動車の無免許運転または酒酔い運転の罪は、無免許または酒酔いという状態にある者が自動車を運転すればその運転の方法態様のいかんを問わずそれだけで成立するのであるが、このような運転をしたからといつて当然に人身事故を発生させるといものではなく、通常の場合はさらにこれになんらかの過失の要素が加わつてはじめて過失行為が成立するのであつて、そのような場合は運転行為と過失行為とは同一の行為すなわち一個の行為であるとはいえないからである。いま本件についてこれをみるのに、被告人は無免許かつ酒に酔つた状態で普通乗用自動車を運転中、ハンドルの的確な操作および減速徐行等の注意義務を怠つて原判示事故を発生させたものであり、右のような注意義務違背の行為は自動車の運転行為それ自体とは別個のもので、自動車を運転しても右のような過失を犯さないことは十分可能なわけであるから、被告人の原判示業務上過失行為は無免許酒酔い運転の行為とは別個の行為だといわざるをえず、これを観念的競合にあたるとする所論は採用することができない。しかしながら、次に、無免許運転と酒酔い運転との罪数関係について考えてみるに、自動車の無免許運転は公安委員会の運転免許を受けていない者が自動車を運転することをいい、酒酔い運転は酒気を帯びかつアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがるる状態にある者が自動車を運転することをいうのであつて、要するにその行為は自動車を運転するということ以外にはない(無免許であること、酒酔いの状態にあることはそれだけではなんら違法ではなく、運転行為と結びつくことによってはじめて違法となるのである。)。したがつて、本件の被告人のように無免許でありかつ同時に酒に酔つている者にとつては、自動車を運転すれば必然的に無免許運転の罪と酒酔い運転の罪とが成立するわけで、そのことはこの場合行為としては運転という一個の行為しかないことを示すものである。

それゆえ、この二つの罪は刑法五四条一項前段にいわゆる観念的競合の関係にあると解するのが相当であつて、これを併合罪であるとした原判決の法令の適用はその点に誤りがあるといわなければならない。そして、右のように解する以上、被告人に対して原判決のようにそれぞれ禁錮・懲役を選択した場合の処断刑は七年以下の禁錮となり、この三者を併合罪とした原判決の処断刑七年六月以下の禁錮はこれより重いから、原判決の右の法令の適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのほかなく、論旨はこの点において理由がある。

それゆえ、他の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条、三八〇条によって原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によって当裁判所においてさらに次のとおり判決する。

原判決の確定した事実に法令を適用すると、原判示第一の各業務上過失傷害の所為は被害者ごとに刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第二の無免許運転の所為は道路交通法六四条、一一八条一項一号に、同第三の酒酔い運転の所為は同法六五条一項、一一七条の二、一号、道路交通法施行令四四条の三に各該当するところ、右第一の各所為並びに右第二と第三の各所為はそれぞれ観念的競合の関係にあるから刑法五四条一項前段、一〇条によりそれぞれ一罪として前者については最も重い設楽良治に対する業務上過失傷害の罪の刑に、後者については重い酒酔い運転の罪の刑に従い、所定刑中前者については禁錮刑を、後者については懲役刑を各選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い業務上過失傷害罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において処断すべきところ、犯情をみるに、被告人は運転免許を有しないのに飲酒酩酊のうえ原判示のような高速度で自動車を運転中原判示のようにハンドルの的確な操作および減速徐行する等の義務を怠つた結果原判示の被害者三名に原判示の傷害を負わせたものであつて、過失行為の態様程度並びに被害の結果ともに重大であること等にかんがみれば、被告人に同種の前科前歴なく、各被害者に治療費や物損等を賠償し円満に示談が整つていることなどを考慮しても、本件につき刑の執行を猶予すべきものとは考えられないところであるから、前記諸般の情状を考慮して被告人を禁錮六月に処することとし、主文のとおり判決する。〈以下略〉

(中野次雄 寺尾正二 粕谷俊治)

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